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東京地方裁判所 平成4年(ワ)21330号 判決

原告

甲野太郎

被告

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

山田知司

外一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九五万円及びこれに対する平成四年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二事案の概要

本件は、弁護士である原告が、訴訟代理人として提起した民事訴訟事件において、担当裁判官から違法な訴訟指揮、侮辱的言動、偏頗行為及び期日の不指定をされ、精神的苦痛を被ったとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求をするものである。

一争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実(特記しない限り争いがない。)

1  原告は、弁護士であるが、平成三年一一月一二日、シティコープ八潮浜管理組合(以下「管理組合」という。)の訴訟代理人として、乙野次郎外一名(以下「乙野ら」という。)に対する民事訴訟を東京地方裁判所に提起した(同裁判所平成三年(ワ)第一五九六三号犬の飼育禁止等請求事件。以下「別件訴訟」という。)ところ、同裁判所民事第○○部丙川三郎裁判官(以下「担当裁判官」という。)の担当となった。

別件訴訟の訴状に記載した請求の趣旨及び原因は、別紙のとおりであるが、要するに、「管理組合(建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)三条に規定する団体であり、民事訴訟法四六条にいう法人に非ざる社団)の規約に基づく細則で、犬や猫の飼育を禁止しているにもかかわらず、乙野ら(区分所有者で、管理組合の構成員)が犬を飼育しているので、管理組合は、乙野らに対し、犬の飼育の差止め及び弁護士費用相当の損害金の賠償を求める。」というものであった。

2  別件訴訟の経過

(一) 担当裁判官は、平成三年一二月一〇日、第一回口頭弁論期日を平成四年一月一六日と指定したが、乙野らに対する訴状副本等の送達ができなかったため、二度にわたって期日の変更をした上、同年三月五日に第一回口頭弁論期日を開き、次いで同年四月九日に第二回口頭弁論(弁論兼和解)期日を、同年五月一五日に第三回口頭弁論(弁論兼和解)期日をそれぞれ開いた。

(二) ところで、乙野ら代理人が、答弁書で、管理組合が肯認しているペットクラブの存在を指摘した上、これと細則との関係を問いただしたのに対し、管理組合代理人の原告は、準備書面で、「細則に違反して犬猫を飼育する区分所有者がいたので、これらを管理組合の厳重な管理下に置き、歳月の経過とともに犬猫飼育者を零にする目的のもとに、昭和六一年五月の総会において、現に飼育中の犬猫に限って飼育を認める趣旨で、その飼主だけで構成されるペットクラブの設立を認めたものであるから、ペットクラブへの新規加入は認めていない。」旨を主張した。そこで、乙野ら代理人は、第三回口頭弁論期日において、「ペットクラブへの新規加入が認められた例が複数あり、仮に設立の趣旨が管理組合の主張するとおりであるとしても、実際の運用はそれとは異なる。」旨を記載した準備書面を提出するとともに、新旧のペットクラブ会員名簿であるとして乙第一、第二号証(以下「乙第一、第二号証(別件訴訟)」という。)を提出した。

(原本の存在、〈証書番号略〉及び弁論の全趣旨によって認められる。)

(三) 担当裁判官は、第三回口頭弁論期日において次回(第四回)口頭弁論期日を平成三年六月一八日と指定したが、同年五月二二日、管理組合代理人の原告から忌避申立てがあったため、右指定期日に口頭弁論は開かれず(訴訟手続の停止)、右申立てに対する却下決定が同年六月二六日抗告取下げにより確定した後の平成五年一月二〇日、次回口頭弁論期日を同年三月二六日と指定した。なお、その間、当事者から期日指定の申立てはなかった。

二原告の主張

1  別件訴訟における担当裁判官の職務上の違法行為

(一) 違法な訴訟指揮

担当裁判官は、別件訴訟の担当となった後、平成三年一二月中旬までの間、訴状の送達手続を止めたまま、担当書記官を通じて原告に対し、差止請求に関しては管理組合には当事者適格がないから管理者を当事者とするよう数回にわたって執拗に勧告し、訴状の全面的書き直しを強要しようとした。

仮に管理組合に当事者適格がないとしても、形式的事項の審査に止まるべき訴状審査の段階で裁判官が右のような強要をするのは、民訴法に違反する職権の濫用であって、違法である。しかも、右差止請求は、区分所有法五七条、六条一項に基づくものではなく、規約違反行為の差止請求であるから、管理組合に当事者適格があることは明らかであり、担当裁判官は、誤った独自の見解を原告に押しつけようとしたものである。

(二) 侮辱的言動及び偏頗行為

担当裁判官は、第三回口頭弁論(弁論兼和解)期日において、乙野ら代理人が提出した準備書面及び乙第一、第二号証(別件訴訟)を見て、原告に対し、「おい、おたく、おたくは新規加入を認めないと言っているが、ここにちゃんと認めた例があるじゃないか、おたくの主張は駄目だ。」といかにも侮辱するように語気荒く怒鳴りつけ、更に、右期間の終了直前、原告に対し、「おたくは駄目だ。」と人格を否定するような発言をした。

担当裁判官の右言動は、原告を侮辱するものであると同時に、証拠調べ未了の段階で、一方当事者の主張を支持し、他方当事者の主張を攻撃し排斥する偏頗行為であって到底許されない。

(三) 期日の不指定

担当裁判官が、忌避申立てに対する却下決定が確定した後、半年以上もの長期間口頭弁論期日を指定しなかったのは、「訴訟が公正かつ迅速に行われるように解釈し、運用しなければならない。」旨規定した民事訴訟規則一条に違反し、違法である。

なお、原告がその間期日指定の申立てをしなかったのは、従前の担当裁判官の訴訟指揮にかんがみ、たとえ審理が再開されたとしても、冷静な審理がされないことが予想されたためである。

2  損害

原告は、公権力の行使に当たる担当裁判官の右1のような職務上の違法行為により、精神的苦痛を被った。すなわち、(一)のような違法な訴訟指揮により、文献を調べるなどで時間と労力を空費したほか、裁判官の指示に従わない場合いかなる不利益や迫害を受けるかと心理的圧迫を受け、夜も眠れない程であった。また、(三)のような長期にわたる期日の不指定により、依頼者(管理組合)との信頼関係が損なわれ、(二)のような担当裁判官の原告に対する態度から推して、原告が訴訟代理人の地位に留まれば依頼者に不利益が及ぶことが懸念されたので、訴訟代理人を辞任せざるを得なかった。

右のような精神的苦痛に対する慰謝料は、九五万円が相当である。

3  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求として、九五万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成四年一二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三被告の反論

1  原告の主張1(一)(違法な訴訟指揮)について

担当裁判官は、担当書記官を通じて、原告に対し、差止請求に関しては区分所有法五七条三項により管理者を当事者とすべきではないかとの見解を伝えた(担当書記官は、原告との間で、数回電話による連絡をとった。)。これにより担当裁判官は、訴状審査に付随して、職権調査事項である訴訟要件としての当事者適格について、原告に法律的疑問点を示唆し、再検討を促したに過ぎないものであって、これは通常一般的に行われている適法な訴訟指揮の一環である。そして、担当裁判官は、書記官から、原告から管理組合が当事者として訴訟を遂行するとの返答があった旨の報告を受けた後、速やかに第一回口頭弁論期日を指定して訴状送達の手続をとった。

なお、別件訴訟の差止請求に関する当事者適格については、以下のような法律的疑問点がある。

区分所有法六条により、区分所有者の共同の利益に反する行為は禁止されているが、同条により禁止されている事項を具体的に規約で明らかにしたものを絶対的禁止事項といい、同条の共同の利益に反するとまではいえないが規約で特に禁止したものを相対的禁止事項というところ、別件訴訟における犬の飼育は、共同の利益に反する行為と考えられ、絶対的禁止事項に当たることから、その差止請求は観念的には区分所有法五七条による差止請求の性質を有する。また、仮に犬の飼育が相対的禁止事項であるとしても、管理組合の規約によると、規約違反行為に対しては、理事長が理事会の決議を経て、その差止め又は排除のための必要な措置をとることができ(規約六八条三項)、理事長が管理者とされている(規約三八条二項)ので、区分所有法二六条四項により、管理者である理事長が当事者となることが規約上予定されている。いずれにしても、別件訴訟における原告の法的構成については様々の問題点、疑問点が存するのである。

2  原告の主張1(二)(侮辱的言動及び偏頗行為)について

担当裁判官は、乙野ら代理人から前記のような準備書面及び乙第一、第二号証(別件訴訟)が提出されたので、これらに対する具体的事実の認否、反論をするよう原告に指示し、その際、ペットクラブの実際の運用がどうであるかが重要な争点となるから、ペットクラブの設立趣旨を主張するのみでは不十分であるという趣旨の発言をしたに過ぎない。

3  原告の主張1(三)(期日の不指定)について

担当裁判官が期日を指定しなかったのは、裁判官忌避の申立てがあったため、当事者からの期日指定の申立てを待って新期日を指定すれば足りると判断したもので、何ら違法ではないし、また、原告において、期日の不指定が違法、不当と考えるのであれば、当該訴訟手続上の手段により容易にその是正を図ることが可能であった。

そもそも、裁判官の期日指定等の訴訟上の行為については、その付与された権限の趣旨に明らかに背いて行使し又は行使しないと認められるような特別の事情が存しない限り、国家賠償法上違法ということはできない。

第三判断

一本訴において、原告は、別件訴訟の担当裁判官の職務上の違法行為により、訴訟代理人であった原告自身が損害を被ったとして、被告に対し、国家賠償法による損害賠償を求めているものであるから、右損害賠償責任が認められるためには、別件訴訟において、原告との関係で担当裁判官の職務上の違法行為があったと認められ、かつ、これにより原告自身が損害を被ったと認められることが必要であることはいうまでもない。

二裁判官の訴訟指揮権の行使等の訴訟手続上の措置について、国家賠償法一条一項に基づく責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって権限を行使したなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解すべきであり(最高裁昭和五七年三月一二日第二小法廷判決・民集三六巻三号三二九頁は争訟の裁判に関するものであるが、右判旨はその趣旨、根拠等に照らして裁判官の職務行為一般に適用されると考えられる。)、換言すれば、当該職務行為が、裁判官の職務権限の行使として著しく不当、不法で、合理性のないことが明らかな場合に限って国家賠償法上違法となると解すべきである。

三原告の主張1(一)(違法な訴訟指揮)について

1  〈証書番号略〉によれば、担当裁判官は、第一回口頭弁論期日を指定した後訴状送達の手続をとるまでの間に、担当書記官を通じて原告に対し、差止請求に関しては区分所有法五七条三項により管理者が当事者となるべきではないかとの指摘をし、その点について検討を促したことが認められる。

2  ところで、裁判官の訴状審査の対象は、原則的には、必要的記載事項及び所定の貼用印紙の具備という形式的事項に限られ、訴訟要件の具備の有無又は請求の理由の有無は審査の対象にはならないが、訴訟要件である当事者適格は、紛争解決のために特定の権利又は法律関係について訴訟を追行し、裁判による解決を求めることができる資格のある者に限って認められ、当事者適格を欠く場合には本案の審理をすることが無意味となるのであるから、当事者適格の有無についてはできるだけ早期に的確に判断することが望ましいことは明らかであり、適正かつ迅速に紛争を解決するという裁判の目的に照らして、裁判官が当事者適格に多少でも疑問があると考える場合には、それが訴状審査の段階であっても、当事者に対してその点を率直に説明して疑問点を再検討するよう要請することは、裁判官として当然の職務であるということができる。

別件訴訟の訴状には、「原告(管理組合)は他の組合員からの要望もあり、また共同生活の秩序維持の見地からもこれ以上、被告ら(乙野ら)の規約及び細則違反行為を看過することはできない。」との記載もあったことから、訴えの趣旨が区分所有法六条一項に規定する行為(区分所有者の共同の利益に反する行為)の停止を求めるものと解し得る余地もあり、そうとすれば、同法五七条三項により管理者が当事者適格を有することになるはずである。したがって、このような事情のもとで、担当裁判官が右1に認定したような疑問点を原告に指摘して検討を促したからといって、何ら違法となるものではない。

3  また、前記事実に〈証書番号略〉及び弁論の全趣旨を併せれば、担当裁判官は、担当書記官を通じて原告から、管理組合が当事者として訴訟を遂行するとの返答を受けたので、速やかに第一回口頭弁論期日を指定して訴状送達の手続をとったことが認められるのであり、このような経過に照らすと、担当裁判官が原告に対して当事者の変更を強要しようとしたとは考えられない(なお、原告の主張を仮に前提としても、訴訟代理人である原告自身に損害が生ずるとは容易に考えられないところである。)。

四原告の主張1(三)(期日の不指定)について

担当裁判官が、口頭弁論期日を開くことができるようになった(すなわち、裁判官忌避の申立てに対する却下決定が確定した)後半年余りの間、口頭弁論期日を指定しなかったことは前記のとおりであり、その理由は必ずしも明らかではないが、その間に当事者から特段の期日指定の申立て若しくは進行に関する照会等がなかったことを考えると(当事者も期日指定の申立てをすることができる―民訴法一五二条三項)、他に特別の事情が認められない本件においては、右のような期日の不指定をもって著しく不当、不法で、合理性のないことが明らかであるということはできない(なお、右のような期日の不指定により訴訟代理人である原告自身にいかなる損害が生じたのか明らかではない。)。

五原告の主張1(二)(侮辱的言動及び偏頗行為)について

1  前記事実に〈証書番号略〉及び弁論の全趣旨を併せれば、担当裁判官は、第三回口頭弁論(弁論兼和解)期日において、原告に対し、「おたくの主張は駄目だ。」というような趣旨の発言をしたことが認められる。右期日における詳細な経緯は明らかではないが、乙野ら代理人から前記のような準備書面及びその主張を裏付けるものとして書証が提出されたことから、担当裁判官が、管理組合代理人としての原告に対し、右準備書面及び書証に対する認否反論をするよう指示した際に、ペットクラブへの新規加入の例があるかどうかなどの実際の運用が重要な争点となるので、これまでの主張のように単にペットクラブの設立趣旨を主張するだけでは不十分であるという意味で右のような発言をしたものと認められる。したがって、右発言は、もとより原告を侮辱するものではないし、偏頗な言動でもないというべきである。

2  原告は、担当裁判官は右期間の終了直前に「おたくは駄目だ。」と原告の人格を否定するような発言もしたと主張するが、裁判官は、訴訟代理人らの協力のもとに誠実公平にその職務を遂行すべき職責を負っており、当該訴訟における主張立証活動についての当事者との質疑応答、意見交換等を離れて、訴訟代理人個人の人格そのものを侮辱するような発言をするとは考え難いところであって、右1に認定した経過に照らせば、仮に右のような発言があったとしても、それは右1に認定したような趣旨の発言であると考えられる。

六以上のとおりであって、担当裁判官の職務上の行為に違法はなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大藤敏 裁判官貝阿彌誠 裁判官東谷いずみ)

別紙〈省略〉

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